国際基準の「子育て」〜意味のあるお金の使い方の教育とケチ〜

 

「無駄遣い」という日本語があります。

これはどういう意味でしょう?浪費でしょうか?それとも欲しくてたまらないというわけでもないのに何かを買ってしまう行為でしょうか?

友達によい顔をしたくてすぐにひとへ奢ってしまう行為でしょうか?

 

全て正解で、全て不正解かもしれません。それは何故でしょうか。

「無駄遣い」の意味

「無駄遣い」とは、文字通りお金を無駄に使うということですが、お金をどう使ったら「無駄」になるのでしょうか。

ここで言っているようにお金が循環して皆でシェアするものという概念を考えるとシェアしている以上「無駄」になるお金はないように思います。

 

お金をシェアするというのは、どういう意味だったかを考えると、この「無駄」の意味がわかってくるかもしれません。

 

物やサービス、その心意気に対してお支払いするお金。無駄に使ってしまう場面とはどういうことなのか。

物やサービスをいただき、その心意気にありがたいと思った時、幸福感を得られる助けをもらえた時にお金を支払って自分からまた他の人へ渡っていく循環が続きます。

この中で無駄な使い方というのは、その幸福感を得られていない場合、必要でない物やサービスに対してお金を使ってしまうことかもしれません。

 

少し、距離を置いて反対方向から考えてみます。

 

物を作って売ったりする会社やお店は、それが必要とされているということを前提に社会へそうした物を提供するわけです。その必要だと思われた物に誰も見向きもせずお金を払わなければ、そうした会社やお店は倒産してしまいます。何故倒産してしまうかと言えば、誰の幸福感も満たさないからです。

よく日本で売れる製品や、それこそテレビの番組やお笑いタレントに、一過性のものが流行ることがあります。最初はいろいろな影響があって飛び付くのですが、それはあくまでも「流行り」であって皆が持続的に助けられたり楽しませてもらえるものではないから続かないのです。

一過性のだったり衝動的に使われたお金は、もしかしたら感謝や幸福をもとにしたお金ではないかもしれません。

しかし、高額な商品であっても自分にとって素晴らしい価値を与えてくれ、時間をかけて考え、世の中へおくりだしてくれた方々への感謝としてお金を払ってでも買うものは、皆が幸福に包まれて無駄な使い方ではないのかもしれません。

何よりその時間をかけて素晴らしい価値を生み出してくれたことへの寄付、ドネーションという側面がお金の使い方になるのことを理解していると、本当のお金の消費の仕方がわかってきます。

 

世界には想像を超えるお金持ちがいます。

そうしたお金持ちの人たちが、浪費であろうが福祉であろうが、お金を使うという行為は、実は社会へお金を戻す役割を担っているわけです。そう考えるだけで、「嫉妬心」を持たず、「役割を果たしているな」と感じることができるかもしれません。

たくさんのお金をもった人が責任を果たしているわけですから。

子供に使うべきお金とは

自分たち親として、子供に使うべきお金というのも同じことが言えます。

もし子供がやりたい事や体験したいことのために欲しいものがある場合に、「出せるものは出してあげたい」というのが実際の親の心理だと思います。

そこに社会的にも金銭的にもそして自分達の老後のためにもなど、様々な要因が重なって出すことができるか否かという判断をしています。

また、親として私もそのジレンマに陥ったことがあるのですが、一番難しい判断に「いまこの子にこれをお金を出して与えたら、それは甘やかしていることになるか、物に恵まれ過ぎて感謝がなくなるのでは?」という感情が入ってくることがあります。ここがお金の教育で一番難しいことではないかと言っても過言ではありません。

 

そういう場合、子供に説明やプレゼンをきちんと準備してくるよう訓練してみる方法があります。

 

そして子供の説明の中で「欲しい」がどういう「欲しい」なのかを見つめさせるという方向で説明させるのです。その説明の中には、もちろんこうしたものを含めさせるようにします。

 

  • 自分にとってどういう幸福感をもたらしてくれるのか
  • その幸福感で自分が得る対価は何か
  • どうしてその製品が良いと思ったのか
  • 幾らの金額でインターネットなどの調査で信頼して一番リーズナブルに購入できる方法は何か
  • 送料・交通費などの諸経費は

 

もし親が納得できない内容なら、遠慮なく差し戻しましょう。

これは、社会に出て行く時の訓練にもなります。

また、今のインターネット時代に、一番安価なところで購入したとしても、送料が込みなのか別なのか、保証がつくのかつかないのか。保証を買う場合の得るものと失うものは何か。

私自身も子供が何かを買うと決めた時、自分自身のお小遣いで購入する場合でもそうした質問を繰り返します。

 

子供とは面白いもの、そして大人にないスピードで学ぶもので、何度か繰り返すうちにそうした情報が必要だと事前にわかって調べてくるようになるものです。

結局、無駄遣いでない「意味のあるお金の使い方」というのは、考えて使い、その影響範囲を自分の満足度も含めて幸福に繋がる使い方なのかどうか、という基準で考えられるかどうかであると思います。

もちろん手が届かない金額のものが欲しくなることもあるでしょう。

そういう場合は計画を立てなければいけませんし、直ぐに購入できたとしても貯金を全て使い果たす買い物もあるかもしれません。

しかし、大人から見た「金額」でものを買うか買わないかという判断を子供に押し付けると「高いから買わない、安いから買う」という歪んだ金銭感覚を身に付けてしまいます。そのまま大人になってしまった時を想像してみてください。

幸せな大人になれると思いますか?

 

繰り返しになりますが、お金とは循環するものでお金と共に幸福だったり気持ちが一緒に循環しています。

こうした一緒に回っているものに注目して使うお金は、実際には金額の大小に関わりなく本来の意味を考えながらお金を使うことができるようになります。

ケチとは何か

「うちは親がケチだから」などという子供の言葉を聞くことがありますね。

「ケチ」という言葉があります。

お金についてのケチとは一体何を指すのか。この言葉に遭遇することが多いかもしれない昨今には、親が「ケチ」とは何かということをしっかり理解している必要がありそうです。

 

辞書をひくと大抵の場合こう書いてあります。

「心が狭いこと、みすぼらしく、必要以上に欲しがる様」

 

ここで「必要以上に欲しがる様」という言葉を見て少し違和感を感じませんか。私も感じます。

しかし、本当のケチの意味を理解すると、ここに主語が無いことに違和感を感じていることがわかってきます。インターネットのウィキペディアには、こうあります。

 

けちは、金銭を使うことを嫌い、基本的な快適さや生活上の必要の一部を犠牲にしてでも、金銭その他の財産を溜め込もうとする人物」

 

ここに辞書の説明に抜けていた主語、「金銭」が出てきます。そして言い換えるならば

 

「金銭を必要以上に欲しがり、蓄えようとする様」

 

というのが、端的な「ケチ」の説明になるでしょうか。(このウィキペディアの説明の中にある諸説という欄にも、とても参考にになることが書いてあるので興味があれば是非読んでみてください)

 

私が小学生だった頃、叔父が「ケチはいかんぞ」と繰り返し私たち子供に言っていたことがあったので、私は思い切って「ケチってなに?」と聞いてみたのです。すると叔父は、「ケチは自分にすることがあっても他人にはしないもの。でもケチはとにかくいかん」という答えでした。

それ以来、私は「ケチ」の意味を考えながら生きてきた気がします。そしてまだ子供だった頃に「ケチと節約」の違いを考えるようになったのです。

それから徐々に「節約を自分にしてもケチは誰にもしない」という考えに変わっていったのです。

「節約」というのは、自分自身に対して本当に必要か、今必要かそうでないか、またはもっと賢いお金の使い方はないかと問うものだと思います。

他人に節約を求める人はいませんね。他人にケチになる人はいるかもしれません。

 

このコラムでは、「ケチ」の定義を

「ケチ」とはお金に固執して自分自身だけで溜め込もうとすること

としたいと思います。

 

「親がケチだから」という言葉に話を戻しますが、こうした言葉を友人や親本人に直接言う子供の心理とはどういうものなのでしょう。

恐らく、自分がしたいことにお金を出してくれない、自分のことをわかってくれない、親自身のためにお金をとっておいている、などがあるかもしれません。何れにしてもこの言葉が子供の口を突いて出てくるようであれば、この章で話をしているお金の意味、そして幸せなお金の使い方が理解できていないか、実践できていない可能性が高く、私達親自身の対応の仕方をもう一度見直す必要がある言葉なのでしょう。

 

子供とのお金の貸し借り

子育てをしていて、お金に関して悩むことのひとつに「子供とのお金の貸し借り」があるかもしれません。

例えば、子供がどうしても欲しいものがあるが、今の貯金では買えない場合、親が立て替えてそのあとはお小遣いやアルバイトをしている子供であればそのアルバイト代で、返済するという場合です。

親として、この状況に遭遇したとき、貸すことは良い教育なのかそうでないのか、と考えることがありませんか。

またアメリカの例を出してみますが、アメリカでは大学の進学率がとても高いです。しかしながら、高額な大学の費用を親が全部負担することは、逆に少ないという現状があります。

2017年のデータでは、実に45%の大学生が全く親の援助なしに大学費用を払っていて、35%の少々だしてもらっているという人を合わせると80%の学生が親の援助がほとんどなく大学へ通っていることになります。親が援助していたとしても、実は親がお金を貸している場合が多いのが実情です。そして、奨学金の充実もありますが、多くは学生ローンで大学へ進学します。社会人になれば返すということですね。大学卒業時の平均の学生ローン残高は、全米平均で3万9千ドル、日本円で400万円余りになります。 (データ出典:LendEDU)

 

                  https://goo.gl/images/FJNZi5

 

この例から見ても子供たちは、これからの将来、自分のやりたい事を社会からお金を借りてでも自己投資するという場面があって当たり前な世界で、だからこそしたいこと、勉強したいことを真剣に考えているのかもしれません。

こうして考えると、親と子供の間できちんとした訓練がされることが、大人になっていく過程で社会の中においてお金の貸し借りと、重要さを認識する大切な要素であることがわかります。

アメリカ人の親たちは、貸している大学費用の大半を、実は自分たちの個人年金からローンをすることが多く、自分たちの将来のためにも子供が社会人になったときに催促し、返してもらうという厳しさを持っています。

この部分を、ケチと教育という部分で明確にするために、お子さんときちんと話し合ってはどうでしょうか。

 

お金が優しさや思いを一緒に循環すると言いましたが、この例ではお金は子供への教育や義理、厳しさを教える道具にもなっているわけで、子供とのお金の貸し借りは少ない額であってもしっかりとした例として教えたいものです。

 

これでお金の教育についてはおしまいです。

次回は、「子供の自立と親の自律」について考えます。子育ての最終目標、子供を自立させるというお話です。いつも最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。

鷹松弘章

国際基準の「子育て」

①国際基準の「子育て」〜幸せとは〜

②国際基準の「子育て」〜好きなこと探し〜

③国際基準の「子育て」〜好きなことを探して、見つかったら〜

④国際基準の「子育て」〜「してはいけないこと」とは、どう伝えるか〜

⑤国際基準の「子育て」〜社会の迷惑を悪として捉え倫理観を育てる教育〜

⑥国際基準の「子育て」〜他人と自分が違うこと、それは良いこと〜

⑦国際基準の「子育て」〜自分勝手で何が悪い。人は人、自分は自分〜

⑧国際基準の「子育て」〜お金とは何?という教育〜

⑨国際基準の「子育て」〜意味のあるお金の使い方の教育とケチ〜

⑩国際基準の「子育て」〜究極の目標子供の自立。実は親の自律が鍵だった〜

⑪国際基準の「子育て」〜人はなぜ生きるのか、徳の循環を伝える〜

⑫国際基準の「子育て」〜親の幸せを諦めないで。幸せな親にしか幸せな子供は育てられない〜

⑬国際基準の「子育て」〜現実的なこと「同性愛、男子、ひとりっ子」〜

⑭国際基準の「子育て」〜今からでも遅くない、障碍・鬱・年代別の子育て、そして最後に〜

1998年Microsoft Corporation日本支社へ入社。2001年からアメリカ本社にて技術職の主幹マネージャーとしてWindowsなどの製品開発の傍ら、採用・給与・等級などのレイオフまで携わり、米国企業の最前線で勤務。20年の勤務後、現在はデータ解析大手の米国Tableau Softwareシニアマネージャー。同時に東証一部上場のスターティアホールディングス株式会社社外取締役、NOBOARDER Inc. 社外取締役兼 CTO。2019年5月には「世界基準の子育てのルール」という本も出版。

※連載は週1度を予定しております

※内容は変更することがあります

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