国際基準の「子育て」〜現実的なこと「同性愛、男子、ひとりっ子」〜

今までのこのコラムは実は「7つのルール」を軸に書いてきました。

  • 好きなこと探しを手伝い、応援する
  • 「してはいけないこと」をどう教えるか
  • 他人との違いを良いことに結びつける
  • 「お金」とは何か
  • 自立という目標を忘れない
  • まわりを思い遣り、世代を超えた感覚 徳の循環の気持ちを育てる
  • 親が幸せになり、幸せな子供を育てる

 

こうしたルールを説明し終えたところで、ここからはいくつか現実的な話をしたいと思います。

まずは、子供の男女の違いで育て方は違うかという点です。

結論から言うと男女の特性がとても違う以上、子育てにおいても育て方が違っていて当然です。私の家庭には男女の子供が一人ずついます。その2人を育てていても、違いに驚かされることばかりです。ここでは、私が男であるということと、女性は生まれつき強く、しっかりした責任感があるということで女の子の育て方については触れませんが、男の子の育て方についてお話させてください。

男は根っから弱者

私も男性として45年以上生きてきましたが、たくさんの人と関わり、世代を超えてお手伝いをしたり、自身も子育てをして、自分も含め男というものがどういうものなのかようやく理解できてきました。ここは、お父さん以上にお母さん方にしっかり読んで欲しい内容です。

よく男の子は風邪をひきやすいとか、泣き虫が多いとか言われますがこれは事実だと思います。生物学的にも男性の遺伝子は女性の遺伝子よりも弱いとされていますし、ストレス耐性については、女性の方が何倍も強いと言われています。
私の幼少の頃を思い起こしても、よく泣いていたように思います。そして姉よりも数多く小児科のお世話になっていました。大人になってからも、人生の節目節目で自分を見失ったりパニックな状態になることもありました。そういう時、いつも女性の強さに内心で関心していたものです。

このコラムを読んでいるお母さんは、女性ですからなかなか理解し難いところがあると思います。
私の母も「男の子を育てるのは難しい」と言っていました。異性ですからね、わからなくて当然です。
私も娘を見ていて異性は難しい、理解できないと思うことがあります。
父親は息子とは同姓ですから、弱いことを本能的に理解していて、得てして同姓としてとても厳しく育てることがあります。
お母さんの目から見ると厳しすぎるのではと疑問になることがあるかもしれませんが、それは、お母さんが娘を育てる時も同じようなことが言えますね。

そもそも男性が総合的に弱いとはどういうことなのか。一説に、男性の精神年齢の上限は、女性の精神年齢と比べると5歳児が限度などと言われています。男性にとても失礼な話ですが、正直、これは事実かもしれないと思うことが多いです。男性が生まれ持っている性質は次のとおりです。

面倒くさがり屋
だらしがない
楽な方法を探す
褒められたい
泣き虫
責任感がない
倫理観が足りない
頼り甲斐がない
恥ずかしさがない

 

どうでしょう。いつも理解できないと思っている息子さんが、この言葉を当てはめてみるとしっくり来る部分はありませんか? 私の視点から見ると、例えば面倒くさいという感覚は常に自分との闘いになっています。45歳を過ぎた私でもです。ですからきっと私の精神年齢は、まだ4歳児に満たないのかもしれません。
皆さんのお子さんが小学生・中学生であれば、きっと1歳になったかならないかという感覚でしょう。
歯を磨かない、きちんと片付けない、ゴミを捨てない、なんでも面倒だと言う。1歳児と思えば、そんなものかと思えませんか 笑

そうなんです、男の子への付き合い方と女の子への付き合い方は、親といえども区別しなければ逆に不公平がうまれてしまうんですね。
子供たちを平等に育てるというのは、何も同じことを同じように扱うということではありません。
個性があるように男女差ももちろんあります。
ですから、このような男の子の特性を理解して、基本的な部分で弱い男の子という感覚をご理解していただければ、男の子が立派に育ってくれる鍵を得ることになります。

 

責任感・倫理観・優しさを中心に

大人になった親のみなさんが、社会で男性を見ていて感じることはたくさんあると思います。そんな中、どんな男性が魅力的で社会的にも責任を果たしているように映りますか?また、その逆はどんな場合でしょうか。

私は仕事をしていて、口約束ばかりで行動や責任が伴わない男性に出くわした時、男性らしいなと感じることがあります。
逆に女性でそういう方に出会うことはとても稀で、きちんとした責任を果たしているのを見ると単純に頼り甲斐があるなと思います。
しかし、いまの社会は、何故か男性に多くの責任感や頼りがい、実行力を求めています。
そんな社会へ飛び立つ皆さんの息子さんは、どういう大人になる訓練をしていけば良いのでしょう。

 

私も女の子を育ててわかったのは、もし何か子供がしていないことがあった場合、できていないと指摘するぐらいで女の子は持ち前の責任感を発揮し始めます。ですから、親からすれば見ていて指摘する程度で済むことが多いですね。しかし男の子は違います。同じことを何百回言っても、しないことはしないのです。そこに足りないものがわかっていないのですね。そこが責任感だったり倫理観だったり、優しい気持ちだったりします。人への純粋な気遣いや、物事をしっかりやり遂げる責任感、その責任を果たす根本理由の「倫理観」も持っていないことが多いようです。

 

男の子は、とにかく責任感を達成することが「かっこいい」というような価値観を育ててください。特色にあげたように、男の子のほとんどは責任感や倫理観がない割に、「褒められたい」「感謝されたい」という欲求が強いようです。

しかし、本当の責任感や倫理観は心の中にあって、それが表現されずに責任を果たす姿が「かっこいい」のだということをしっかり軸において、褒められるために何かをするということではなく、自分のプライドをしっかり守るために責任を果たす。そして周りの評価は、あとからくっついてくるのだということを教えてあげてください。
差別的な言葉に聞こえますが、昔から日本の親が口にしていた「男のくせに」というのは、母親から息子に使うととても効果のある言葉です。ですから、男の子の性質が出て来たなと思った時には、どうぞこの「男のくせに」という言葉を使ってたしなめてあげて下さい。
心にずっしりくるものです。これも日本の古い言い回しですが「能ある鷹は爪を隠す」という価値観を、是非、男の子の褒められたい願望への対抗する価値観として教えてあげて欲しいと思います。

最後に、男の子の優しさについてですが、男性というのは、責任感や倫理観が欠如していることから、優しさというものを育んでいく必要があるので、何を優しいとするかは成長の過程で決まっていきます。女性に優しく、人に優しく、動物に優しく、というのはすべて「人の気持ちを理解して、その人の立場にたてる」という根底に倫理観がなくては持てない気持ちです。男の子を育てる時は、そうした部分を論理的にきちんと話をしてあげてください。

ひとりっ子を育てる難しさの解決方法

私は再婚するまでひとりっ子の娘を育てていました。そして、今の息子は12歳までひとりっ子として妻に育てられました。再婚によりひとりっ子同士のふたりが同じ家庭に入ったわけですが、これがとても彼らの運命を決めたように思いました。私自身は、2人姉弟でしたので家族の中のひとりっ子の実感はあまりありませんでした。子供の頃親戚にひとりっ子がいたり、友人の中にもひとりっ子がいましたが、そういった関係の中ではあまり意識したことはありませんでした。

私の家族のひとりっ子同士が一緒になって、様々な発見がありました。まずはそれをご紹介したいと思います。

ひとりっ子というのは、どういう環境で育てたとしても少なからず、マイペース・我関せずという特色があります。ですから、突然、姉弟になったからといってもお互い、大して気にもせずお互いが馴れ馴れしく純粋に溶け込んだことには驚きました。これが私や妻のような兄弟をすでに持っていた子供なら、知らない相手が家庭に入れば意識したりよそよそしいところから始まっていたのだと思います。
こういう部分には正直、親としても救われました。そして何よりひとりっ子は兄弟の間での競争に晒されることがなく、競争心が少ないのも特徴かもしれません。そういう意味では、我が家のふたりには、私や妻の想像できないことも起きました。

一緒に住み始める直前に、娘が夕食にしようと取り置きしていた食べ物を、息子がなんの悪気もなくそこにあったから食べてしまいました。どちらも今までひとりっ子でしたから、まさかそんなことがという感じでした。
どちらにも言えたことですが、それまで家の中の子供は自分一人でだったので、ある種、すべて自分の思い通りにいくという感覚があったのでしょう。ですから息子は何も気にせず家にあるものは食べて良いと思い、娘は他の人が黙って自分のご飯を食べることなどないだろうと思っていた、という側から見ていると興味深い事件でした。

子供達を観察しても、友人などのひとりっ子の人とお付き合いしていても、とても大らかだったりするひとりっ子ならではの良さというところはたくさんありますが、社会に出るとひとりっ子は、少し苦しい面もあるようです。

私の友人や親戚にいるひとりっ子からは、対人関係に難しさを覚えている部分があるようで、そうした話をよく耳にします。

でもそれは、どうしてひとりっ子の共通課題になってしまうのでしょう。私の家庭でひとりっ子同士が同じ家族になってから、そのヒントを少しずつ得てきました。兄弟間の競争がないと言いましたが、競争だけでなく人数が多くなった家族の中で誰にどうした気遣いをしたら良いのかというのは、兄弟が多ければ多いほど自然と身につく能力だと思います。

もちろん子供同士では喧嘩をしたり、先ほどの我が家の例のように他の子供が食べようと冷蔵庫に入れていたものを、自分が勝手に食べてしまって痛いおもいをしたり、協力して親のサポートをしたり、子供だけで考えて親や祖父母の誕生日を祝ったりと家族の単位の中での人間関係を築いて練習しているようです。ひとりっ子の場合、親の注意も愛情も、時には自分が食べたいものは全て自分のものにできてしまうという環境が揃っているので、練習の場が無くなってしまうのですね。

その解決策に、私は色々なことをします。

例えば、子供といる時に子供以上に自分が子供のように振る舞う瞬間を作ること。娘が小さい頃の記憶にあるようですが、外出中に私に娘の飲み物を持つよう頼み、私は持っているあいだに、決まってひとくちふたくち飲んでしまいます。小さい娘は必ずそれに怒りますし、今になってもその記憶があるようで、娘は今でも私をそういう人だと思っています。でも、兄弟がいれば起こり得ることと私は思っていました。兄弟がいなければそうした体験をすることが難しいだろうという問題意識もどこかにあったように思います。

それに加えて私が意識していた解決策は、友達を多く作って子供の友達を家に招いたり、一緒に出かけさせたりというのはもちろんですが、それ以上に、自分の友達や知り合い、そしてその家族を頻繁に家へ招くということもしました。今の妻には、この価値観を理解してもらって共に努力してもらえることをとても感謝しています。どちらの子供達も私たちの家には常に人が来る家と思っているようですが、これは家族以外の色々な人に囲まれたり、大人、学生、色々な年代の人の意見や悩みを聞くことによって、社会勉強をしてもらいたいという部分も多くあります。

ある程度大きくなったひとりっ子は、とにかく家に長く置かない、または好きなことに熱中する時間を増やして、人と関わることを増やすというのが親としてひとりっ子を育て、応援する方法なのだと思います。

同性愛の子供をどう受け入れるのか

アメリカ、特に私の住むシアトル界隈では、同性愛の人が当たり前のように職場にも学校にも多くいます。同性愛の結婚も合法です。では親たちが自分の子供が同性愛者だとわかった時、平静な気持ちなのかというとそうではありません。アメリカ人の親であっても心を揺さぶられます。

しかし、私の周りにいるどの親も、結局のところその子供にとっての「幸せ」を基準にそれぞれがその事実を消化しているように思います。そして、その幸せのための子供の尊厳をきちんと重視して、子供の判断に委ねるというのが私の周りでは大勢だと思います。

数年前に同性愛の方達の結婚式へ家族で出席する機会がありました。日本で育った私がアメリカにすみ、そしてその結婚式に至るまで様々なことを見聞きし、会社でも同性愛者の上司・部下・同僚に囲まれる中で考えを巡らせてきたところでした。その結婚式はその総仕上げとなったわけですが、幸せそうに結婚をするふたりを見て、私も涙が流れるほど嬉しく、結婚や一緒に連れそうことに性別は関係ないことを実際に体感した瞬間でした。

幸せや愛情というのは、人によって感じ方や表現が違っていて当然で、その自由は個人が有しているので周りが判断するものではないというのが、今の私の理解です。

仮に我が子が同性愛ということを宣言して、そうして生きて行きたいと伝えられたら、彼らが本当に幸せなら応援したくなるのが親心なのではと思うようになりました。受け入れる受け入れないは、親それぞれの気持ちが絡むものですが、是非、幸せへの選択という基準を忘れないであげてください。そして親は子の幸せの応援団であることも。

次回は、年代別の対応について考えてきます。お子さんがすでに成長過程にいる方が今から何ができるかという点についてお伝えしようと思います。いつも最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 

鷹松弘章

国際基準の「子育て」

①国際基準の「子育て」〜幸せとは〜

②国際基準の「子育て」〜好きなこと探し〜

③国際基準の「子育て」〜好きなことを探して、見つかったら〜

④国際基準の「子育て」〜「してはいけないこと」とは、どう伝えるか〜

⑤国際基準の「子育て」〜社会の迷惑を悪として捉え倫理観を育てる教育〜

⑥国際基準の「子育て」〜他人と自分が違うこと、それは良いこと〜

⑦国際基準の「子育て」〜自分勝手で何が悪い。人は人、自分は自分〜

⑧国際基準の「子育て」〜お金とは何?という教育〜

⑨国際基準の「子育て」〜意味のあるお金の使い方の教育とケチ〜

⑩国際基準の「子育て」〜究極の目標子供の自立。実は親の自律が鍵だった〜

⑪国際基準の「子育て」〜人はなぜ生きるのか、徳の循環を伝える〜

⑫国際基準の「子育て」〜親の幸せを諦めないで。幸せな親にしか幸せな子供は育てられない〜

⑬国際基準の「子育て」〜現実的なこと「同性愛、男子、ひとりっ子」〜

⑭国際基準の「子育て」〜今からでも遅くない、障碍・鬱・年代別の子育て、そして最後に〜

1998年Microsoft Corporation日本支社へ入社。2001年からアメリカ本社にて技術職の主幹マネージャーとしてWindowsなどの製品開発の傍ら、採用・給与・等級などのレイオフまで携わり、米国企業の最前線で勤務。20年の勤務後、現在はデータ解析大手の米国Tableau Softwareシニアマネージャー。同時に東証一部上場のスターティアホールディングス株式会社社外取締役、NOBOARDER Inc. 社外取締役兼 CTO。2019年5月には「世界基準の子育てのルール」という本も出版。

※連載は週1度を予定しております

※内容は変更することがあります

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